最終ラップリタイア顛末
これは今からカレコレ16年も前の昔話。私が無限に居てホンダのフォーミュラエンジンのメカニックをやっていた時のお話です。

シーズンごとにチーム担当を割り振られていましたが、この年('87)はマールボロTeamノバ,ドライバーはジェフ・リースの担当でした。(写真のエンジンにかがみ込んでいる帽子アタマが私ですね)

それは国内トップフォーミュラがF-2からF-3000に移行した年で、他のチームよりいち早く新車を得たジェフは好調なテストを重ねて第一戦に臨んでいました。鮮やかなマールボロカラー(何と本国から指定の塗料が送られてくる)に塗られたローラ(UKのフォーミュラカーメーカーです)は、レースウィークの出だしから群を抜いて速く、星野一義,鈴木亜久里などのトップドライバーより常に1秒近く速いラップを刻み続けました。
当然のように予選はポール、やはり1秒のリード。2位以下が0.1秒を争っている中で完全な唯我独尊状態です。
全く手が付けられない、と周りが諦めムードのなかスタート。やっぱり流れは変わらず淡々とリードを築き上げ、終盤には2位以下を鈴鹿の半周近い距離までブッチギリました。
...何て書くとピットは左ウチワでリラックスしてるかと言うとサにあらず。毎周毎周ドキドキしながら最終コーナーを見つめ(あの頃はオーロラビジョンなど無かった)、蛍光オレンジも鮮やかなジェフが戻って来るたび小さなため息を漏らすのでした。

最終ラップを告げるクラブ旗に送られてジェフが1コーナーに消え、後は無事戻ってくればチェッカー。完全無欠の勝利が目の前です。
んが! あと1分もしない内にゴールというタイミングで何やらスピーカーが絶叫しだしました。「リースが・・・」「ヘアピ・・・」「スト・・・」「・・・・!!!」騒音に掻き消されてハッキリ聞こえませんがジェフに何か起きているように聞こえます。一気に緊張が走るピット。もう祈ることしかできないもどかしさ。
そして来るべきタイムで来ないジェフ。喰い入る様に見つめる最終コーナーから弾き出てきたのは2位を走っていた星野選手のマシンでした。嗚呼

何が何やら分からぬまま暫定表彰式を横目にしている頃ローラは引かれて戻って来ました。ジェフは真っ赤な顔をして怒っています。聞けばヘアピンに進入したあとスロットルが全く反応しなかったとの事。マズいです。私の担当であるエンジンかも知れません。
その場で調べていくと、エンジンのスロットルシャフトにケーブルを繋ぐロッドエンドがケーブルから外れていました。内心ホッとします。高度に分業化されたレースチーム内では責任分担に明確な線引きがあり、そこは私の担当範囲の外でした。
聞けば新車を組むときにケーブルが少しだけ長く、車体メカの新人君がロッドエンドをグラインダーで削っていたのでした。その削り面がロックナット面と合っておらず徐々に弛んで脱落したのが何とゴールの半周前という抜群のタイミングだったわけです。
タッタこれだけ...実に初歩的かつ無意味なリタイアでしたが、ミスというものはこんな物なのでしょう。ロック面のわずかな不整がテスト走行でも予選でもなく本番で弛み、完璧なレースウィークの全てを水泡に帰してしまいました。

直接の担当外とは言え、拭えない後悔は残りました。もう少し自分の目が届けば防げていたかも知れないトラブル。どうすれば気づけたかなぁ..と。
あれから後、あれほど完璧に優勢な勝ちパターンには巡り合えずにいます。多分あんなのは許されない事なのかも知れませんね。