WRC出場前夜
今回はスバルテクニカインターナショナル(S.T.I)に居た頃のお話です。(ってか自慢話 ^^;)
私がS.T.Iに転社した年にスバルはワールドラリーチャンピオンシップ(WRC)参戦を発表しました。それまでもレオーネという車種でサファリラリーなどにスポットで出てはいましたが、あくまで国内チームの単発仕事でした。WRC全戦を戦い抜くにはどうしても経験豊富な海外チームと組まねばならず、スバルは新型車レガシーの発表に合わせUKのプロドライブ社と提携し、無冠の帝王と呼ばれ速さでは当代ピカイチだったマルク・アレンを起用して世界に打って出たのです。そしてエンジン開発のお鉢がS.T.Iの私達へ回ってきたってわけです。(写真の人物中央がアレン、左が恋女房ナビのマルク・キビマキ。フィンランドは同じ村の出である)

WRCエンジンは主に2リッターターボエンジンで争われており、当時トップだったのがランチャ・デルタ,トヨタ・セリカWR4などで、熾烈なパワー競争を抑えるためのリストレクター(吸気断面積制限)を課しても280〜300馬力と言われていました。
新参者のスバルが選んだのはレガシー用に新開発した水平対向4気筒4カムエンジンをIHI製ターボチャージャーで過給したEJ20型でした。当然他社と同口径のリストレクターを取り付けねばなりません。で、試作した初期型が出せたパワーが220馬力。とてもじゃないがお話にもならない出力です。リストレクターを外してみても240馬力。ナンジャコリャ (^^;;;

エンジンを知らない人は「ターボだからブーストを上げれば馬力は出るだろう」と言います。事実スバル本体の上層部ですらそうでした。ですがターボエンジンとは過給機の吸気上流下流、排気上流下流それぞれの大変ビミョーな圧力バランスによって成り立っており、それを無闇に崩すと盛大に壊れだすのです。エンジンダイナモで全開テスト中にタービン軸が捩じ切れて、タービンが排気口より3mも先の防音壁にメリ込むなんざ朝飯前です。火炎放射器マッ青の大火炎を吹くんですよ。クワバラクワバラ
そんなこんなしてる内にマルクが日本に来て開発途中版に試乗するって話になりました。さぁ大変。何機こわしてもサッパリ馬力は上がっていません。仕方ないのでリストレクター無しを積んで誤魔化しましょう、となりました。(オラ知らね)
当日テストコースに集まったのは研究所の所長クラスやら国内競技部門の親分やらプロドライブのトップやらで大変な事になっています。私はすっかりヘソを曲げており、「今のまま走らせてもスグ壊れるヨ〜ン」てなもので全く外野気分です。
先ずは壊れない“かも”知れないブーストでマルクをコースインさせますが、すぐに戻ってきて怒っています。ヤッパリ「全っ然パワーさ無ぐて話にならんべし! こったらことぢゃWRCさ出て行ぐだけ無駄だっぺぇ〜!!」って事らしいです。(モットモな話しだ)
さて大変。マルク→プロドライブ→研究所のお偉いさん→S.T.Iのお偉いさん(つまり私の上司)と回り回って私に「ブーストを上げろぉ」と来ました。私は「壊れっぺ?」と言ってみましたが、通じないことも分かっていました。渋々0.4バールほど上げて送り出します。と、コースを半周丁度、居並ぶギャラリー全員に良〜く見える地点で「ポン!」とケムを吐いてエンコしました。ピストンが溶けましたね。周りは蜂の巣つついた大騒ぎですが、内心あまりにマンガチックなこの状況を一人楽しむ私でありました。

そんなこと言っててもシーズン開幕は迫ってきます。いつも外野気分で居たわけではもちろん無く、研究所では青い顔して開発に精を出していたのです。けど依然サッパリな日々は続きました。何をやっても壊れて火を噴きます。点火時期なのかピストン冷却なのか何なのか...ともかく袋小路でした。
そんなある日、壊すのに飽きてブラブラとエンジン設計のフロアに行きました。そこには設計資料として半組み立て状態のエンジンが転がっています。何の気なくパーツを組み合わせて眺めていた時です、ヒョイとインマニを前からのぞくとタービン吸気口がポッカリと口を開けて見通せるではあ〜りませんか。水平対向の左右両バンクに中央のスロットルから吸気を分配するために、インマニは4本足の蜘蛛のように見える代物でした。普段はその足下の空間を水配管やら燃料配管やらが占領しているので今のイマまで気づきませんでしたが、そんなドーとでもレイアウトできる臓物を全て取っ払うとターボの吸気管はインマニ下を奇麗に真っ直ぐ取り回せるのです。この部分は規則でリストレクターを配置すべき位置にあり全体の効率に著しく影響するハズですが、従来の吸気管はそんな事お構いなしにドーでも良い配管を避ける為“だけ”にマ直角に曲げられていたのです。
Oh! My God!! なんてこったい。その足で試作工場に飛んでいって、「図面が無いと..」などとヌかすオヤジをなだめスカしてマンガを描き、吸気管を作ってもらう算段をします。取って返して件のドーでも良い臓物を移設する作業やら手配やら。吸気管の完成までの3〜4日はイライラして待ちました。
さてと出来たぞ。冷静を装ってタービンに取り付け、実験室のエンジンに火を入れます。レ? 従来と同じ設定なのにブーストが高いぞ? などと思う間に測定終了。結果はアッサリ20馬力アップの260Ps。も〜小躍り君です。リストレクター付きなのに260って事は40馬力アップとも言えます。未だかつてパーツ1個でこれほどの向上は経験がありません。その後2〜3日の最適化も含め280馬力という当初の目標は1週間でクリアされたのでした。しかもパワーを上げても燃料消費量は以前より少ないくらいです。これは崩れたバランスを燃料冷却で補う必要が無くなったからでした。

一応の実戦エンジンをUKに送り出し、搭載を待ってMIRA(UKのテストコース)でのシェイクダウンのため出張しましたが、マルクとチームもその進化ぶりを喜んでくれました。これで何とかスタートラインに立つ資格くらいは貰えたのです。
今回お題の吸気管レイアウトは、レオーネの時代から疑問を持たれることなくズ〜〜っと継承されていましたが、量産エンジンにおいても大きなロスの原因となっていた事が証明され、その後に設計されたインプレッサのエンジンからは新レイアウトが採用されたのでした。今でも市販インプレッサのエンジンルームを眺めるたびに密かな満足感を味わう私であります。チャンチャン